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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和55年(う)17号 判決

裁判所書記官

蛯原佳昭

本籍

鹿児島市上福元町六、四一六番地

住居

鹿児島市上福元町四、二七〇番地

砕石業

永里武重

明治四〇年九月一〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五四年一一月二六日鹿児島地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人及び原審検察官からそれぞれ適法な控訴の申立があったので、当裁判所は検察官堀賢治出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月及び罰金二、〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人亀田徳一郎及び鹿児島地方検察庁検察官検事加藤松治がそれぞれ提出した控訴趣意書に、前者に対する答弁は検察官堀賢治が提出した答弁書に各記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

一、弁護人の控訴趣意第一、第二点(事実誤認及び法令適用の誤りの主張)について。

所論は要するに、被告人提出にかかる事業用資産、負債明細表によれば、昭和四七年一二月三一日現在における事業損失金は一、三六八万四、二〇〇円であり、このほかに借入金として西スエ分六、〇〇〇万円、永里ヒサ分一、五〇〇万円が存在するから、被告人の脱税は客観的に不可能である。にも拘らず、原審は昭和四六年、同四七年度における被告人とは無関係の永里ヒサ名義の預金並びに同女所有の土地売却代金を含んだ預貯金を被告人のものとして取り込むという蓋然的な推定により脱税の事実を認定したものであるから、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認ないし法令適用の誤りがあり破棄を免れない、というのである。

そこで原審記録を精査して検討するに、原判決の挙示する各関係証拠によれば、原判示の事実は十分肯認できる(ただしその掲記する「証拠の標目」中の以下の各記載は明らかな誤記と認められるので、次のとおり訂正する。原判決二枚目裏一二行目<別紙1、3の各修正貸借対照表の各勘定科目>の「3」を「4」と、同一四枚目裏三行目「譲渡所得につき」の「譲渡」を「事業」と、同一五枚目表八行目<別紙2、4の各修正損益計算書の各勘定科目>の「4」を「5」と各訂正する)。

すなわち前掲証拠によれば、被告人は原判示の各年度を通じ砕石事業を営んでいたものであるが、その取引に関する帳簿類を焼却するなどし、その所得税の申告に当っては全くその事業内容に暗いその妻ヒサを所轄税務署に赴かせ、被告人の事業は赤字であり、所有土地を売却処分するなどして事業資金に充てゝいる旨説明させ、その実質は他人或は架空名義で銀行預金をして財産の隠匿をはかっていたこと、そこで収税係官は被告人の所得金額の確定につきいわゆる損益計算法(一定期間に発生した収益とこれに関連した費用及び損失を増差計算することによって、その期間の利益を計算する方法)によることができないため、その取調に当って被告人が供述した内容を基礎としてこれに対する反面調査を行うことにより各資料を収集し、いわゆる財産法(財産増減法、一定期間内における期首と期末における純財産の比較によってその期間の利益を計算する方法)を主とし損益計算法を従として所得の確定をはかったこと、その所得の内容及び金額は原判示の各修正貸借対照表及び修正損益計算書のとおりそれぞれ認められる。従って原審の本件所得認定の方法をもって所論のように蓋然的な推定によるものとはいうことができない。所論がいう事業損失金及び借入金等についての被告人の原審における供述部分は不自然な点が多く、同人の大蔵事務官及び検察官に対する各供述調書の記載内容、その他の関係証拠と対比してたやすく措信できず、他にこれを認めるに足る証拠はない。その他昭和四六年、同四七年度における被告人の所得中にはそれ以前における被告人ないしその妻永里ヒサ所有の土地の売却代金を含むとする点は原審が(争点に対する判断)として説示するとおりであって、当審もまたこれを是認できる。

結局本件事案についての被告人の所得金額の確定方法は合理的なものと認められ、この点につき所論のような事実の誤認ないし法令適用の誤りの瑕疵は見出すことができないから、論旨はいずれも採用できない。

二、検察官の控訴趣意(法令適用の誤り)について。

所論は要するに、原判決は被告人が昭和四八年二月一三日鹿児島地方裁判所において言渡を受けた公有水面埋立法違反罪による懲役五月の刑の受刑終了後五年を経過していないのに、本件につき刑の執行を猶予したのは刑法二五条一項二号に違反したもので破棄を免れない、というのである。

そこで検討するに、当審で取調べた昭和五五年三月一日付検察事務官作成にかゝる被告人の前科調書によれば、被告人は昭和四八年二月一三日鹿児島地方裁判所において、公有水面埋立法違反により懲役五月の判決の言渡を受け、同五二年六月二八日右判決の確定により同年八月二日右刑の執行を受け始め、同五三年一月一日その執行を受け終ったことが認められる。とすれば刑法二五条一項二号により被告人に対しては右受刑終了後五年間は刑の執行猶予が許されないことが明らかであるから、被告人に対し懲役一年に処し、右懲役刑の執行を二年間猶予することとした原判決は右法令の適用を誤ったもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により自判することとする。(なお弁護人の本件控訴は理由がないが、本件は検察官の控訴を理由があるものとして原判決を破棄すべき場合であるから、主文において控訴棄却を言渡さない。)

原判決が確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示の各所為は所得税法二三八条一項、二項、一二〇条一項三号に該当するので、懲役と罰金とを併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い原判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、罰金刑については同法四八条二項により各罪により免れた所得税の額の合算額の範囲内で被告人を懲役一〇月及び罰金二、〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審の訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文に従い、これを被告人に負担させることとして、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 杉島廣利 裁判官 富永元順 裁判官 谷口彰)

○控訴趣意書

所得税法違反 永里武重

右被告人に対する頭書被告事件につき、昭和五四年一一月二六日鹿児島地方裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から申し立てた控訴の理由は左記のとおりである。

昭和五五年三月一日

鹿児島地方検察庁

検察官検事 加藤松次

福岡高等裁判所宮崎支部 殿

原判決には法令の適用に誤りがあって、その誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。

すなわち、原審裁判所は、公訴事実と同旨の事実を認定したうえ「被告人を懲役一年及び罰金二、〇〇〇万円に処する。この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。」旨の判決を言い渡したが、被告人は、昭和四八年二月一三日鹿児島地方裁判所において、公有水面埋立法違反により懲役五月の判決の言渡しを受け、同五二年六月二八日同判決が確定したのにともない、同年八月二日右刑の執行に着手し、同五三年一月一日その執行を受け終ったものである(この点については控訴審において立証する予定)。したがって、原判決宣告時においては、被告人は、右懲役刑の執行終了後五年を経過していなかったのであるから、刑法第二五条第一項、第二号により、被告人に対して刑の執行を猶予することは許されなかったというべきである。

もっとも、原審において取り調べた前科調書には右前科の記載がなく、そのため原判決は右前科の存在を看過したものであり、検察官提出の書証にかような過誤があったことはまことに遺憾ではあるが、被告人に対して懲役刑の執行を猶予した原判決は、結果において法令の適用を誤ったといわざるをえず、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

よって、原判決を破棄し、さらに適正な裁判を求めるため本件控訴に及んだ次第である。

○控訴趣意書

被告人 永里武重

右の者に対する所得税法違反被告事件についての控訴の理由は左記のとおりである。

昭和五五年三月一〇日

右弁護人 亀田徳一郎

同 井之脇寿一

同 小堀清直

福岡高等裁判所宮崎支部 御中

第一点 原判決には明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認があるのでその破棄を求める。

一、原判決は要するに事実関係については、検察官の言分を百パーセント認めたものである。

ところで原審で被告人が提出した事実用資産、負債明細表によれば、昭和四七年一二月三一日現在で次のとおりである。

(資産の部)

一、金二、四三六万円 機械装置

一、金一、三〇二万四、〇〇〇円 車両運搬具

一、金六、五〇〇万円 宝山実預金

一、金一五〇万円 売掛金

一、金一五万円 砕石在庫

右合計金一億四〇三万四、〇〇〇円

(負債の部)

一、金五六〇万円 未払金

一、金六、〇〇〇万円 西スエ借入金

一、金一、五〇〇万円 永里ヒサ借入金

一、金三、七一一万八、二〇〇円 土地売却代金

右合計金一億一、七七一万八、二〇〇円

以上差引金一、三六八万四、二〇〇円 事業損失金

二、この他の負債として西スエからの借入金六、〇〇〇万円、永里ヒサからの借入金一、五〇〇万円の合計金七、五〇〇万円の負債がある。

右負債はその当時、被告人が砕石機械器具等を購入するために西スエ、永里ヒサから借りたものであり、鹿児島銀行谷山支店に宝山実名義で、内金六、五〇〇万円を預金していた。ところで機械購入については、被告人が各メーカーに交渉したが、値段の点で折合いがつかず、その他にも右宝山実名義の六、五〇〇万円の預金の内九〇〇万円を他の金員と併せて鹿児島銀行指宿支店に一、一五七万円預金をした。

ところが熊本国税局は昭和四八年に右合計金六、七五七万円を差押えてしまったので、被告人は同局に右預金の出所を説明し、昭和四八年一二月三日に差押を解除してもらいこの金で砕石機械器具、その他電気工事費用等の支払いに充当した。

要するに西スエ、永里ヒサからの七、五〇〇万円の負債及び昭和四七年度までの一、三六八万四、二〇〇円の事実損失金合計金八、八六八万四、二〇〇円の負債が現在も残存している。この点は被告人提出の明細表添付書類に明らかなところである。

以上の事実からして被告人の脱税は客観的に不可能である。

第二点 原判決には明らかに判決に影響を及ぼす法令の適用の誤りがあるのでその破棄を求める。

一、公訴事実に関してその脱税目的、脱税額を含め単なる蓋然的事実の証明ではなくて確定的な事実につき裁判官の確信の程度の心証を必要とする。これは刑事訴訟における実体的真実主義という基本原理からの当然の帰結である。

本件において立証の目的たる公訴事実中被告人の主観的意思「目的」さらに「数値」についてはいずれも検察官の推定的事実にすぎず、これに対しては仮りに厳格なる証明を尽くしたとしても、所詮蓋然的な事実の証明にしかいたらず、確信の程度の証明は論理的にも不可能なところである。

二、被告人提出にかかる昭和四七年一二月三一日現在の事業損失は一、三六八万四、二〇〇円であり、公訴事実にいう脱税が本来不可能であることは第一点に述べたところである。

ところで本件では、被告人自身が記録した帳簿類を欠くことを理由として所得の確定にあたっては財産計算法を主として採用している。このために検察官のあげる数字は推定の上に推定を積みかさねるものであり、蓋然的な推定事実の羅列にすぎないものである。

三、第一に検察官主張の昭和四六年度の預貯金の中でも被告人のものとは関係のない永里ヒサ名義の預金をこれに含め「被告人に帰属すべき売上金なども含まれており、両者を判然と区別することは困難なので、右土地売却代金四、九〇〇万円を事業主借勘定(負債)とするかわりにこれを被告人の預金として取り」こむという杜撰なやりかたである。

第二に被告人の昭和四六年、同四七年中における預貯金、機械設備費、土地取得費等として挙げられているものの中には、それ以前より被告人あるいはその妻が所有していた土地の売却代金が含まれている。

その金額については昭和五三年一〇月二五日付不動産鑑定士補前田豊による鑑定評価額或は公判延における弁護人側証人の証言にもあるような数字である。

もちろんこれらは単なる一例ではあるが検察官のあげている数字が根拠のない事実をもとにしてなされた推定にすぎないことを示す事例としては十分であろう。

以上蓋然的な事実の証明のみで被告人の脱税目的、その数値まで認定した原判決は法令の適用を誤ったというべきである。

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